――学習院では安倍能成先生の「自重互敬」というお言葉が重要な意味を持っています。
大澤 自重互敬とは、己の正しいと思う心と、相手の考えや気持ちの両方を大切にしよう、という意味です。初等科では、これを子どもたちに「正直と思いやり」という言葉で教えています。自分の正しいと思うことを口にし、正義ある行動をとる。これが「正直」(自重)で、相手を尊重し謙虚に意見を受け入れることが、「思いやり」(互敬)です。相手は人だけをさすのではありません。書物であることも歴史であることもあります。
安倍先生は1946年に文部大臣として戦後日本の教育界の難局を乗り超え、その年10月から亡くなられるまで20年の長きにわたり学習院院長でいらっしゃいました。その安倍先生の教えが、今に生きているのです。
――自分自身を見つめて正直になることは難しいです。
大澤 そこに「剛健」の役割があります。剛健は正しい心と強い体を持つことです。体力があるとかスポーツに優れていることではありません。自分を律することができるか、必要な時にけじめがつけられるかが問われるのです。例えば早朝マラソンは自分との戦いです。寒くても校庭に出て走る。最後の3分間はとても苦しいはずですが、そこを耐えて走りぬく。
剛健を目標に鍛錬する取り組みは学習院創立以来の伝統です。明治時代から、馬車での通学は禁止でした。また、運動では、剣道、柔道、馬術、游泳など、古くから取り入れたものがいくつもあります。游泳の合宿が始まったのは140年前です。現在は7月の5日間、6年生が学習院沼津游泳場の明治以来の日本家屋で過ごします。クーラーはありません。午前も午後も2時間ずつ、和船や脚立の周りで游泳訓練をします。そして、500m、1㎞、2㎞の、それぞれの力に合った距離泳に挑戦します。列の縦横を揃えて、顔上げ平泳ぎで悠然と泳ぐのです。遠足や運動会を始めたのも学習院が最初で、運動や体験活動は、人格形成につながっています。
――「質実剛健」が校風ですが、「質実」の目的は何でしょうか。
大澤 周りの飾りばかりにとらわれると、本質を見失います。学習に、華美な服装や持ち物は必要ありません。この考えが学習院の伝統です。日本で初めて制服をつくった学校は学習院です。(現在は「正服」としている。)ランドセルも筆箱も黒色です。今でもキャラクター文具は禁じています。ほんとうの個性は外見ではなく、取り組む姿勢に現れます。本質を見極める教育の環境として、質実を尊重しています。
――国際交流に積極的とうかがいました。
大澤 はい。国際交流を重視して、交流機会をできるだけ多くする努力をしています。2020年から計画している海外研修も国際交流の一環です。英国・チェルトナムにある1841年創立の名門、チェルトナム・カレッジの小学校と話がまとまり、6年生20人がホームステイをして、授業を受けることになりました。
もう一つ、2019年に来訪したメルボルンのMLCとの間に交流の道も開けました。MLCは女子校ですが、MLCと隣接するザビエル校という男子校とも交流関係ができました。3校とも、初等科の教員が訪問して学校や児童の姿を拝見し、相手校の先生方にも初等科を視察していただき、お互いに子どもたちの様子を知った上で準備を進めています。
メルボルンの2校とは、2021年に初等科児童がメルボルンでホームステイと学校訪問ができるように準備中です。また、時差が少ない利点があるので、インターネットを通じてテレビ電話による交流も計画しています。
初等科の国際交流は、英語の習得のみならず、国際理解を深め、日本をより深く知ることを目的としています。日本人が国際人となる第一歩として、初等科の年齢では、国語を中心にいろいろな科目を学び、自分なりのしっかりとした考えを持つことが大切です。その上で、異文化交流は、「自分はどんな人なのだろう」「日本はどんな国なのだろう」といった、自分や日本を見つめ直すチャンスとなるのです。
学習院院歌の4番の歌詞に「おのがじし育て鍛へてもろともに世にぞ捧げん」という一節があります。一人ひとりがそれぞれの個性を磨き、社会の役に立とう、という意味です。正直で相手を尊重し、自分を律することのできる強い心を持ち、しっかりとした創造力を持つ子どもが、これからの世界をリードしていくことができるのだと思います。子どもたちには、学習院の精神を忘れず、国際社会に貢献できる人に育ってほしいと強く願っています。
※上記は2020年5月時点(冊子「スクールダイヤモンド2020年春号」)での情報です。
最新情報は各校のホームページ等でご確認ください。