――酒井先生は文部科学省が現行の学習指導要領に示す「生きる力」についてどのようにお考えですか。
酒井 子どもたちに必要な「生きる力」にはさまざまなものがありますが、学習院初等科では「観察力」「予測力」「判断力」の3つの能力を育て高めることに力を入れています。
子どもは興味を持ったことや面白いと思ったら、その前後のことを考えずにパッと行動に起こしてしまうものです。例えば、休み時間になったので、急いで校庭に出ようとして廊下を走ってしまい曲がり角で出会い頭にぶつかってしまう、というようなことです。初等科には「廊下や階段は静かに右側を歩く」というきまりがありますし、その都度注意もするのですが、子どもは遊びに夢中になるとそういうことをつい忘れてしまう。
ですから、この3つの能力は日常のいろいろな場面で役に立ちます。例えば、登下校中、前からスマートフォン操作に夢中で歩いてくる人がいたとします。「あの人は前を全然見ていないな」と観察し、「このまま真っ直ぐ歩くとぶつかってしまう」と予測する。そこで、自分がぶつからないように少し脇に寄るという判断をすれば、未然に事故を避けることができますし、嫌な思いをせずに済みます。
事故やけがをすることなく、安全に心地よく過ごすことは第一に考えなくてはならないことです。そのために重要なのが観察力、予測力、判断力なのです。
――何気ない行動の中にも、生きる力が働いているのですね。
酒井 まず、観察力。自分が置かれている状況や周りの様子について五感を通して把握するのが観察力です。無用なトラブルや危険を回避するためには、この観察力が欠かせません。
次に予測力。観察したことから、この先、起きるかもしれないことを予測していれば、突発的な事故にもうまく対応できるかもしれません。
最後に必要なのが判断力。何かを決める時に危険がないように、後悔や失敗をしないように、自分や周りが不愉快な思いをすることがないように、正しい判断力を養ってほしいものです。
3つの能力は危険回避のためだけのものではありません。観察力を磨くことは、子どもたちの興味や関心を刺激し、学習意欲を高めます。そして「なぜだろう。」「どうしてだろう。」という疑問がわき、「知りたい」「調べたい」という意欲は、「主体的・対話的で深い学び」の授業を進めるための土台にもなります。
また、状況やものごとを観察して次の展開を予測し、判断する行為は学習の場面でも常に起きています。それどころか、観察し、予測し、自分がすべき行動を判断することは、遠い将来の就職や結婚など人生のあらゆる場面で生きてくるはずです。社会の変化のスピードがますます増していく中で、生き抜くための基礎となる能力といえるでしょう。
――幼児のうちから3つの能力をもつようにするにはどうしたらよいでしょうか。また、ほかにも必要な能力がありますか。
酒井 一番基礎となる能力は観察力です。小さいうちから五感を通して少しずつ養っていきたいものです。また、見た事や言われた事を覚えている記憶力も必要です。
最後に、自分できちんと話ができる言語能力も大切です。忙しい親御さんは、つい、子どもの話を最後まで聞かずに先回りする傾向が強いのが気になります。たとえ言葉足らずでも、まずはじっくりと子どもの話を聞いてあげること。そうすれば、子どもも自分の言いたいことをきちんと伝えられるようになります。親が先走って「それはこういうことなのね」と手助けをしてしまうと、子どものやる気や可能性を狭めてしまいます。
人間として生きていく力を養うのは、やはり家庭教育が基本です。幼児期から小学校までは、心にゆとりを持って、子どもに寄り添うこと。時どき、家庭の方針を見直していただくのがよいかもしれません。
――日本語教育にはとくに力を入れていらっしゃいますが、アイデンティティの育成についてはどうお考えですか。
酒井 国際化する世の中だからこそ日本人は「日本人らしさ」をしっかり確立する必要があります。学習院初等科では日本語教育の基礎・基本を重視し、文法や話し方、書き方については、独自のオリジナル教材を使用しています。特に「字を丁寧に書く」ことは、低学年からしっかりと指導します。総合学習の一貫として、和歌や古典などの日本の伝統・日本の文化を学ぶ「さくらの時間」は、学習院ならではのプログラムでもあります。子どものうちから正しい日本語や伝統的な日本文化に親しむことで、日本人としてのアイデンティティが自然と備わり、真の国際人へと成長していけるのではないでしょうか。
※上記は2017年5月時点(冊子「スクールダイヤモンド2017年春号」)での情報です。
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