いきいきと活動的な小学校生活を送るために
幼児期から心がけたい
運動能力の開発と体力づくり

「体と心と頭」あるいは「体力、知力、精神力」という
人が生きていく基本的な力の育成は
教育に欠かせない。
家庭でも3つがバランスよく成長するように配慮が必要だ。

小学校からの本格的な教育を受ける生活に備えて、
幼児期から児童期へかけての運動能力と体力づくりの重要性に注目した。

積極的な運動が必要

 子どもの体力が低下している。そんな指摘がされるようになって久しい。2016(平成28)年10月の体育の日を前にスポーツ庁は総体的には青少年(6~19歳)の新体力テストの結果は向上傾向にあるとしながらも、15年前、30年前と比較すると、子どもの運動能力は親世代の子ども時代よりも低下していると警鐘を鳴らした。

 これは平成27年度体力・運動能力調査結果を踏まえており、[図1]は昭和60年度、平成12年度、平成27年度に実施された50m走の結果を比較したもの。昔に比べて今の子どもはふだん週3日以上運動している群(青線)と週3日未満の群(赤線)の走力の開きが広がっていることがわかる。

 運動時間に注目すると、小学校では1週間の総運動時間が60分未満の児童は男子6・6%、女子12・9%。1日平均60分に相当する1週間420分未満と以上では、週420分以上の児童が男子は半数を超えるのに比べて、女子は3割と運動時間が少ない傾向が目立つ。[図2]

 体力・運動能力調査はまた、握力および走・跳・投の能力において、男子中学・高校生の50m走を除くテスト種目いずれも30年前に比べると低下していると報告している。11歳の握力は、30年前と比べると1 kg 近く低下し、しかも男子の低下により女子との差が縮んでいる。[図3]

 その背景には世の中が便利になり日常生活で体を動かす機会が減っていることがあげられる。いたるところにエスカレーターが設置され、遠出といわず日常のショッピングも乗用車。高機能家電が家事を効率化し、子どもが家の内外でお手伝いする光景も少なくなった。

 もうひとつ、子どもたちが遊ぶ場所も時間も少なく、仲間もいないという点がある。公園があっても交通事故や犯罪への懸念、またボール遊び禁止などの規制もある。習いごとで遊ぶ時間がないという面も否めない。しかし、運動能力の開発は運動量をふやし、体力づくりにつながる。積極的に運動能力の開発および体力づくりに取り組むことが欠かせない。

運動は赤ちゃんから始まっている

 文部科学省が平成24年に出した「幼児期運動指針」によれば幼児期は神経機能の発達が著しく、5歳ころまでにおとなの約8割程度まで発達するといわれ、タイミングよく動いたり、力の加減をコントロールするなどの運動を調整する能力が顕著に向上する時期だという。運動を調整する能力は、新しい動きを身につけるときに必要になるので児童期以降の運動発達の基盤を形成することになる。

 赤ちゃんは寝返りを打つ、腹這いして頭を持ち上げる、ハイハイで移動するというように自分から体を動かして動作能力を獲得していく。そこで、幼児期は年齢とともに獲得する動きがふえていく「動きの多様化」が重要となる。3~4歳児になると遊びながら、バランスをとる、移動する、用具を操作するといった運動能力を身につけ、次第にそれをスムーズに行う「動きの洗練化」が進む。4~5歳になると友達と一緒に運動するようになり、自ら遊び方を工夫したりルールをつくっていく。さらにはもっとやりたいという意欲、うまくできるようになりたいという向上心、友だちとの協調性やコミュニケーション力が生まれ、瞬発力、持久力、状況判断力なども高くなる。

牧野明氏。パッドスポーツクラブ代表。日本体育大学卒業後、品川プリンスホテル池田健康体操教室に入社。独立してパッドスポーツクラブを開設、1歳半~小学6年生までを対象に多くの子どもたちの指導に当たっている。

  都内で20年以上、子ども向けの体操教室を運営し、多くの子どもに触れてきた「パッドスポーツクラブ」の牧野明代表は、「最近、筋肉にしまりがない子が見受けられます。パッドでも1クラス15人中、3人くらいそんな子どもがいます。この傾向はここ10年くらい前から顕著になっていると感じます」と語る。

 筋肉にしまりがないというのは赤ちゃんのように触るとやわらかい体つきのこと。「ベタベタ走り」になりやすいのが特徴だ。体を十分動かしてこなかったため、体全体の可動域が狭く、足裏と地面がわずかしか離れない走り方になってしまうのだ。まっすぐ立てない、バランスが保てないといった体幹がしっかりしていない子も多いそうだ。

「赤ちゃんの時にハイハイする期間が短いことも影響しています。ハイハイは手足の筋肉もお腹や背中の筋肉も鍛えられる全身運動です。早く立つより長期間ハイハイしたほうがいいのです。平均台が歩けないのは背中の筋肉の発達不足。マットで前転ができないのは体を丸めることができないから。頭でイメージしても体の動きがついていかないのです」。

 とはいえ運動嫌いや運動が苦手という子どももいるだろう。牧野氏のパッドはPhysical(身体)Ability(能力)Development(開発)を表している。「基礎運動として縄跳び、ボール運動、スキップやギャロップ、8の字周りなどの動作訓練をすることから入って、動ける体をつくります。人の動きも理解できるようになるので、遊びや体育の時間における自信にもつながります」と、運動が苦手な子どもでも基礎の体の動きを身につけ、運動能力を引き出すことが大切といい、また、「鬼ごっこのような遊びは、子どもの運動能力の発達にはとても適しています。激しく走り回るので運動量も多いし、相手の動きを見て逃げたり、追いかけたりすることで判断しながら体を動かす訓練にもなる。遊びとしても、ルールが単純で人数が増えても減ってもよい。小さいうちからこういう遊びをできるだけ多くすることが大切です」と助言する。

 平成24年時点の報告で文科省は「外遊びの時間が多い幼児ほど体力が高い傾向にあるが、4割を超える幼児は外遊びする時間が1日1時間(60分)未満」であるという調査結果を踏まえて、多くの幼児が体を動かす実現可能な時間として「毎日、合計60分以上」の目安を示し、幼稚園や保育所での保育がない日も保護者が共に体を動かす時間を確保することが望まれるとした。

 就学前に獲得しておきたい基本的な動きとして示されたものを[図4]にあげた。これをみるといずれもおとなになってからも常に必要とする動きだ。動きの多様性を改めて見直すことも、幼児と触れ合うおとなには必要かもしれない。

 また、「幼児期運動指針」普及用パンフレット※ は、幼児の遊びを絵入りで紹介しており、参考になる。

多様な機会に活動的な時間を多く

 小学生になると運動の種類も量も時間もふえる。私立小学校では1日10分程度の運動プログラム、マラソン大会や球技大会、登山、遠泳などのプログラムを導入して、体を動かすことと学習が一体化するカリキュラムも多い。初めての経験も、続けること、やり抜くことで集中力や忍耐力が養われる。こうした行事やスポーツ大会はクラス全員で大きな目標に向けて挑戦する体験であり、人間的な成長の機会でもある。

 屋外での活動が少ないからといって一概に体力が向上しないとはいえないが、家の中では体を使う機会に限りがあるので、意識的に運動することは必要だろう。運動に苦手意識をもってしまわないように、得意な運動から可能性を引き出していきたい。また、子どもが “やりたい・好き・楽しい”と望むから習いごとをさせたのにちっともまじめにやらないと嘆かず、親も焦らずに見守る気持ちを持ちたい。「運動能力の向上は薄い紙を1枚1枚重ねて束にしていくようなもの。基本的な運動能力の開発は短期的には3か月単位で成長が目に見え、3年くらいで体全体が力をつけます」と前出の牧野氏はいう。「親は縄跳びを100回飛べることを目標にしがちですが、それはあまりいい方法とはいえません。回数を伸ばすには、5回飛べたら、それを3セットというように、少ない数でセット数を増やすほうが子どものやる気を維持するには効果的です」。

 運動を続けることによって身体能力が伸び、体を動かすことで体は強くなる。学校やクラブで運動やスポーツの指導を受けるのもいいが、家庭でも運動する機会をもつことはできる。家族と一緒にランニングをしたり、休日にスポーツの練習に親が参加する傾向は増加しており、とくに小学校時代は週に1回以上家族で運動をする児童が男子は35・8%、女子は27・0%と多い。[図5]

 幼児期から児童期にかけては日常生活のなかでも運動時間を確保し楽しく体を動かしながら運動能力を高めたい。幼いうちから体力づくりを積み重ねていくことは、たくましく生きる力となっていくだろう。

冊子「スクールダイヤモンド2017年新春号」より