【特別インタビュー】

とても難しいことだけれど
失敗するかもしれない選択を見守りたい
馬田草織(ポルトガル料理研究家、文筆家)

 思春期真っ只中の中学生の娘との日々を「#塾前ごはん」「#塾前じゃないごはん」のハッシュタグをつけてSNSに投稿。それが話題になり、高校受験までの1年間をネット連載で綴った「塾前じゃないごはん。」が好評を得たポルトガル料理研究家で文筆家の馬田草織さん。受験終了・卒業とともに連載を終えたばかりの馬田さんに、自身が現在の仕事を選ぶまでの経緯と、子育てをする上で大切にしていることなどを語ってもらった。

高校時代に触れた出版業界
10年の編集者経験を経て独立

 出版社での仕事を意識したのは、高校生の頃の経験がきっかけでした。私たちの世代はSNSもなく、雑誌で情報を得るのが主流で、当時マガジンハウスの「オリーブ」という雑誌を愛読しつつ、読者参加の企画にも何度か関わったんです。

 例えば、英会話教室の体験をレポートするとか、女子高生同士の座談会でバレンタインデーについて語り合ったりして、それが記事になって。当時の誌面の書き手の中には、その後『負け犬の遠吠え』などで人気作家になった酒井順子さんをはじめ、編集部にも面白い方がたくさんいらっしゃいました。

 高校生だった私はバイト感覚で参加していたのですが、そういった方々の仕事ぶりを見ているうちに「こういう仕事もいいな」と思ったのが最初ですね。

 大学を卒業後、出版社に就職して、女性誌の編集を中心に10年勤めました。それで、次の10年をどうしようかと。社内でやりたい仕事は経験できたし、様々な記事を書いていく中で「食」について書くことへの興味に目覚めた面もあり、独立して編集とライティングでやっていこうと決心しました。食に関する雑誌が元気な時代で、フリーの編集者・ライターとして「料理王国」「料理通信」「dancyu」といった食の専門誌を中心に活動してきました。

大学時代に出会ったポルトガル料理
食文化を伝えることをライフワークに

 ポルトガル料理との出会いは大学の卒業旅行です。友人がリスボン大学に留学していたこともあって、たまたま旅行先に選んだのですが、国は地味だけれど普通に食べてるパンやチーズ、ワインなどがすごく美味しいという印象が残ったんですね。

 独立するとき、「仕事をする上で自分の得意分野、他の人よりも強いジャンルがあったほうがいい」とアドバイスを受けて、ポルトガルだ、と。フランスやスペインはもう専門にやっている人もいたので、そこからポルトガルについてのリサーチを始めました。調べてみるとヨーロッパの中でも独特な食文化があって、これはもう行くしかないと思い、雑誌の編集部に「勝手に取材してくるからページだけください」と伝えて、自分で向こうのコーディネーターとやり取りして、10日間現地取材に行ったんです。そこからは、戦略的にというよりも、単純にはまってしまいました。

 ポルトガルはヨーロッパで一番米を食べる国なんです。米料理のバリエーションが豊富で、それを食べながらワインを飲む。そして魚介類をよく食べる。日本人の好みにも合うんです。そのわりにポルトガル料理店は都内にそう多くありません。

 できるだけ多くの人にその良さを知ってほしくて私が作ったポルトガル料理とワインを楽しんでもらう会「ポルトガル食堂」を開催しています。始めてからもう10年以上で、私のライフワークになりつつあります。

 日本とポルトガルは、歴史的なつながりがあり、特に出島があった長崎では今も交流の痕跡が街中に残っています。昨年、長崎でトークイベントに参加し、当時宣教師が日本で作っていた食の話などをしました。ポルトガル料理を起点に、両国の文化の架け橋になるような活動も行っていきたいと思っています。

思春期の娘との葛藤を綴った
「塾前じゃないごはん」が話題に

 オレンジページ.netでの連載「馬田草織の塾前じゃないごはん」は、私のインスタグラムを見ていた編集者とのご縁で始まりました。もともと、「#塾前ごはん」「#塾前じゃないごはん」のハッシュタグをつけて書いていたんです。塾文化って世界的に見ると実はとても特殊なものなんです。日本と韓国、中国の一部くらいにしかなくて、外国人の友人などに「日本では、夕ご飯を食べてから小学生や中学生が夜まで塾に勉強しに行く」と話すと「何それ」って驚かれます。

 娘は中学1年生のときに友達の影響で塾に通いだし、学校から帰ってきて、夕飯を食べて、また塾に出ていくという生活に。特殊すぎるのでいっそ記録しようと、毎日のごはんをアップし始めました。連載では、思春期の娘とのエピソードや自分の中での葛藤などを掘り下げて、2023年の3月から1年間、25本の記事を書きました。同世代の子どもをお持ちの方からたくさんの反響をいただき、夏には書籍化される予定塾前じゃないごはん』2024年7月31日発売)です。

 娘とは小さいころからわりと何でも話す仲で、たくさん旅行もしてきましたが、小学6年生のときに急に思春期に入った感じで、自分の世界にいるというか。今までわかっているつもりだった娘のことがわからなくなって不安になっていたときに、精神科医の大下隆司さんの文章で腑に落ちたんです。『思春期デコボコ相談室 母娘でラクになる30の処方箋』(集英社)にまとめられていますが、「思春期に入った子どもが常に生意気な態度をとるのは、人間性の問題なんかではなく、思春期のホルモンの仕業」として納得することができたんですね。ホルモンの影響で感情は左右される、そしてそれは自分も同じことなんだと。そういった気づきは娘と向き合う上で助けになって、連載でも引用させていただいていました。

先回りした助言をせずに
失敗を見守ってあげたい

 何もできない赤ちゃんのころから見ているからこそ、自分の子どもがやることには口を挟みたくなりますよね。これってほとんどの場合「失敗させないように」なんだと思います。「そこで走ったらケガするよ、危ないよ」「そんなものばかり食べてたらちゃんと大きくならないよ」「勉強しないと後で苦労するよ」「その学校よりこっちのほうが将来役立ちそう」……、全部子どもに失敗させたくないという思いから発する言葉ですよね。

 幼いうちはある意味子どもをコントロールできますが、そのうち反抗するようになり、思春期を迎えるころにはコントロールは効かなくなります。親子とはいえ別の独立した人格であって、当たり前のことなのですが子どもは子どもの人生を生きています。「失敗させないように」している助言を無視することは、まさに成長なんだと思います。

 失敗するかもしれない選択を見守ること、そして失敗したときにもこちらから先回りした助言をせずにやはり見守ることが、親のできる教育なんじゃないかと、私は今思っています。命に関わるようなこと以外は失敗はいくらでもしていい。誰かの意見に従ってした失敗ではなく、自ら選んだ選択でした失敗からは学びが大きいと思うからです。とても難しいことですが、これまで何度も娘と衝突しながらたどり着いた考えです。

 振り返ると、私自身大学受験に失敗して1年間浪人生活をしました。そのとき、両親からは何も言われなかったのですが、それで逆に「次はしっかりやらなきゃ」と思うようになりました。

 娘は今回の高校受験が人生で初めての挑戦でした。自分の努力次第で道が開けることや、一方で、努力がすべて結果につながるとは限らないという現実の厳しさも知ったと思います。数年後には大学受験という大きな山もありますが、親元にいる間に自らたくさん失敗して学び、そこから人として大きく成長して欲しい。成長の種である貴重な失敗のチャンスを先回りして潰さぬよう、その歩みを楽しみに見守りたいと思います。

馬田草織 Saori Bada

東京都生まれ。上智大学文学部卒業後、出版社に勤務。食を中心に雑誌編集に携わり、独立。雑誌や書籍、WEBメディアなどで食や旅にまつわる幅広い取材活動を行っている。著書に『ようこそポルトガル食堂へ』(産業編集センター、幻冬舎文庫)、『ポルトガルのごはんとおつまみ』(大和書房)、『ムイト・ボン!ポルトガルを食べる旅』(産業編集センター)、「ホルモン大航海時代」(TAC出版)、「塾前じゃないごはん」(オレンジページ社)などがある。

 

冊子「スクールダイヤモンド2024」より