【インタビュー】

子どもたちにできる最高の教育は
楽しむ姿、チャレンジする姿を見せること
ーー元サッカー日本代表・株式会社フットアス代表取締役 巻 誠一郎

世界的に著名なサッカー指導者であるイビチャ・オシム氏(元日本代表監督、故人)がJリーグのジェフユナイテッド市原(現千葉)の監督を務めた初年度、ある大卒新人選手の入団にあたってその両親に尋ねた。

「あなたはお子さんを最後まであきらめずに走る子に育てましたか。そうなら、わたしが責任を持って育てます」

選手の父親は「うちの子は下手です。でも親として、監督が今おっしゃったことだけは自信があります」と答えた。その選手こそ、後に日本代表としてW杯の舞台にも立つことになる巻誠一郎氏その人である。

サッカー選手としての活躍はもちろん、2016年に発生した熊本地震に際しては、先頭に立って復興支援を行ったことも記憶に新しい。巻氏は現在、現役中に始めたサッカースクールの運営のほか幅広い活動を行っている。自らの幼少時代からの経験と、自身も3人の子の父としての思いを踏まえて、「親世代が子どもたちにしてあげられること」を聞いた。

自分で決める自由とともに与えられた責任

 身体を動かすのが好きな子どもでした。幼少期から父の影響もありアイスホッケーに触れていたほか、スイミング、ソフトボール、そしてサッカーと様々なスポーツを経験しました。その中から自分でサッカーを選び、両親はそれを尊重してくれました。

 子どもの頃に両親から言われていたのは、「人に迷惑をかけるな」ということでした。それはつまり自分の決断や行動に責任を持つということだと認識しています。自分で決めたことだから、その責任を自覚して行動しなければと考えていた気がします。だから、人に迷惑をかけるようなことはしないと。

 その後進む進路、高校も大学もJリーグのクラブも自分で選びました。自分自身にとっては、そういうふうに進んで来られたことはとても良かったと思っています。

 今、私も3人の子を持つ父親です。中3、中1、小4のすべて男児です。選手時代は遠征も多く、子育てに積極的に参加できていたわけではなく、妻にまかせっきりではありました。3人のうち、サッカーをしているのは3男だけです。周囲からいろいろと言われることもあるかもしれませんが、自分がそうであったように、子どもたちにも選択はそれぞれの責任に任せています。

 何に興味を持つのか、どんな方向に進むのか、自分の手で探してほしいなと思っています。やりがいがあることに自ら出会う経験はかけがえのない経験になるからです。

成長を促してくれる指導者との出会い

 指導者には恵まれてきました。

 大津高校で指導を受けた平岡和徳監督(現熊本県宇城市教育長)から、「24時間をデザインする」「時間は有限、使い方は無限」という言葉を常に言われ続けました。後にメディアで全国的に知られるようになった言葉でもありますが、自分自身を知ること、自分と向き合うことが意識付けられました。家を出て寮生活を始めた私にとって、大きな財産となりました。

 駒沢大学時代の恩師は秋田浩一監督です。大学までサッカーを続けている学生もプロになるのはほんの一握りで、90%以上は一般企業などに就職することになります。選手としての成長だけでなく、社会人として世に出るために必要な成長を求められました。大学生という自由の中で自分を律することができたのもその教えがあったからだと思います。

 プロになってからも様々な出会いがありましたが、やはり最初の監督だったオシムさんは特別です。彼からはサッカーを通して人生を学びました。「プロサッカー選手は様々な人の人生を背負っている。スタッフはもちろん、時間とお金を遣って応援してくれるサポーターの人生も。その覚悟を持たなければいけない」と。

 引退した後もこの意識は私に強く残っています。どんな仕事であっても、一人ではできません。多くの人が関わる中で果たすべき役割があります。その役割に覚悟を持って取り組むという信念は今も変わりません。

発信することの大切さ

 現在は、熊本地震の復興活動から生まれたNPO法人ユアアクションの代表理事、現役時代から始めていたサッカースクールの運営会社代表や、障害を持つ方のための就労支援の会社の代表を務めています。その他、全国の学校、企業、イベントなどで講演活動も数多く行っています。

 もともと人前に出ること、話すことは好きではなく、選手時代のメディア対応も苦手でした。サッカーについてもロジカルに考えるタイプではありましたが、自分が話さなくてもいいだろうという気持ちでいました。

 その意識が変わったのが海外移籍を経験したときです。自ら発言していかないと伝わらず、また自分の経験を語ることが求められていることもありました。そして、発信することの大切さを体感したのが熊本地震です。あのときはただただ必死に、できることをしていたというのが実際のところですが、自分自身の知名度が役に立つならとできる限りの発信を行いました。復興に終わりはありません。これからも私にできることをしていきたいと考えています。

経験や知見を伝えていくために

 運営しているカベッササッカースクールで私が直接指導することはありません。経験や知見をもとに私が考えた指導メソッドをコーチングスタッフに伝え、そのメソッドに従い子どもたちに指導をしてもらっています。対象としているのは就学前から中学生までで、全国にフランチャイズ展開も進めています。

 スクールでは「巻ドリームプロジェクト」というオリジナルのプログラムも開催しています。このプログラムはサッカーの上達を主たる目的とするものではありません。サッカーの経験の有無も男女も問わずに1期1年で行う、問題解決能力を養うプログラムです。

 1年間活動するチーム分けを行い、自分たちでチーム名を決め、ユニフォームをデザインし、ポジションやフォーメーションも話し合って決める。個人の練習方法も自分で考える。うまく行かないことがあればやり方を工夫してみる。コーチ陣はアドバイスをするだけです。そして、1年の終わりに総決算としてサッカー大会を開催しています。

 当然、極端に強くなるようなことはありません。しかし、子どもたちがこのプログラムを通じて課題を見つけて解決していく力をつけていく姿は想像以上でした。プログラム開始時にアンケートで聞いていた将来の夢は「サッカー日本代表」から「モデル」「ハンバーガー屋さん」「レーサー」など様々でしたが、それぞれの夢を掴むための一助になってくれればと考えています。

自分で見つけて、学んで、身につけていく時代

 引退後数年、少し距離をとる形となっていましたが、またサッカー界に関わっていきたいと考えています。何をするにしても、自分のやりたいことをやり通したいと考えています。お金が目的になるような仕事には興味がないので、社会的に意味のあること、巻誠一郎にしかできない仕事をしていけたらと。そういう姿を子どもたちにも見せていきたいと思っています。

 今の時代、どんなことでもネットで少し調べれば映像を観ることができ、経験した気分になることができます。そこで満足してしまう子どもたちも多いでしょう。

 情報が氾濫する現在は、何かを与える時代ではなく、自分で見つけて、自分で学んで、自分で身につけていく時代だと思います。

 だからこそ、親世代である我々は、実際に行動するところ、姿勢を見せることが大事だと思います。やりたいことにチャレンジする、アクションを起こす、目標のために苦しいこともやり遂げる。そして、楽しむ。そういう背中を見せることが、子どもに与えることができる最高の教育だと考えています。

巻 誠一郎 (まき せいいちろう)
1980年熊本県生まれ。駒沢大学卒業後の2003年、ジェフユナイテッド市原( 現千葉)に加入。ロシア、中国への海外移籍等を経て、2019年ロアッソ熊本で現役引退。日本代表としては国際Aマッチ38試合出場8得点を記録。 現役時代から出身地である熊本で少年サッカースクール「カベッサ熊本」開校したのを機に、株式会社フットアスを設立。2015年3月には放課後等デイサービスセンター「果実の木」(熊本市)の事業に参画、2019年からは障害福祉の分野でA型就労支援施設「ジェムズチョイス」事業所を開設し、農業と福祉の連携(農福連絡事業)に取り組んでいる。
また、2016年4月14日に発生した熊本地震を受け、自ら復興支援のためのNPO法人「YOUR ACTION」を立ち上げた他、様々な復興支援活動に尽力。その他、現役、引退問わずアスリート全般の社会貢献活動事業を立ち上げるなど、慈善活動、各種事業で様々な分野のリーダーシップを取り、幅広い経験を積み重ねている。
2019年Jリーグ功労選手賞、日本財団HEROsアワード受賞。

※本インタビューは2022年3月に行われました。
 5月1日に逝去されましたイビチャ・オシム氏にこころよりご冥福をお祈りいたします。

冊子「スクールダイヤモンド2022年春号」より