民間スクールの運営と公教育への支援
両輪で目指すリテラシーの底上げ

株式会社CA Tech Kids 代表取締役社長・株式会社キュレオ 代表取締役社長 上野 朝大

大手IT企業サイバーエージェントグループの株式会社 CA Tech Kids は、直接主催する「Tech Kids School」をはじめ、オンラインに特化したコーチングサービス、短期体験ワークショップを展開。さらに関連会社(キュレオ社)を設立し、学習塾等と提携し全国に教室を展開するなど、日本最大級の小学生のためのプログラミング教育事業者だ。またその経験を活かし、全国の地方自治体、小学校などとの連携も数多く行っている。先行してプログラミング教育を推し進めてきたその道のプロフェッショナルの目に、デジタルトランスフォーメーションを迫られている学校教育はどのように映っているのか。上野朝大氏に話を聞いた。

上野 朝大 (うえの ともひろ)
2010 年、新卒でサイバーエージェントに入社。インターネット広告営業、マーケティング事業部長、アプリプロデューサーを経て、2013年5 月サイバーエージェントグループの子会社として株式会社CA Tech Kids を設立し代表取締役社長に就任。事業の立ち上げ、経営を行う一方で、一般社団法人新経済連盟 教育改革プロジェクト プログラミング教育推進分科会責任者の他、文科省プログラミング教育関連各種委員も務め、プログラミング教育の普及、推進に尽力する。スクール生からは「ウエンツ校長」の愛称で慕われる。現在、株式会社キュレオ代表取締役社長およびサイバーエージェントエデュケーション事業部部長も兼任。

受講生は延べ3万人
ITリテラシーの底上げが日本を変える

Tech Kids School渋谷校

 2013年の夏休みに、渋谷で小学生を対象に開催した体験型のワークショップ「Tech Kids Camp」。これが私たちのスタートです。きっかけは、親会社であるサイバーエージェントの役員による合宿で出た.子どもの頃からプログラミングが習える場所があったらいいよね.というアイデアでした。エンジニアの獲得競争激化など、世情もありますが、参加した役員に子どもが生まれ、親目線に立ったことも大きかったと思います。

 短期のワークショップから2013年の秋には継続的なプログラミングスクールを始め、全国に直営スクールをオープン。現在は、関連会社キュレオを通じて全国の学習塾と提携し、私たちが手掛けた教育プログラムを約2300の教室を展開している他、オンラインでの「Tech Kids Online Coaching」も開始しています。これまでに延べ3万人ほどの小学生が受講しました。

「Tech Kids School」には小学校低学年向けの入門コースもありますが、基本コースは小学3年生以上を対象にスタートします。プログラミングの基本知識を自社の教育システム「QUREO」を使い学んだ後、本格的なアプリを作る「iPhone アプリ開発コース」か、実際にゲーム開発に使われているツールを使った「Unityコース」から選択してもらい、オリジナル作品を開発するということを目標としています。

 受講生が実際にエンジニアとして社会で活躍するという意味での成果が出るのはもう少し先になります。ただ、それ以上に私たちが目的としているのは、プログラミングに関する知識を含めたITリテラシーの全体的な底上げです。

 例えば、現在コロナ禍の中で企業ではデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速し、社内外に対して新規事業の企画書が行き来していると思いますが、営業担当や経営層は具体的な中身を理解しないまま、エンジニアに開発を任せているというケースがほとんどではないかと思います。まさにリテラシーの差で会話ができない状態です。そのためにコミュニケーションに障壁が生まれ、結果的に時間や費用といった余分なコストが発生しているというのが現状です。

 そこで、エンジニア以外のメンバーにある程度以上の素養があればどうなるか。エンジニアとの会話には障壁がなく、開発に関しても課題を共有できる。そういった高次元でのコミュニケーションの先にこそイノベーションが生まれるのではないかと考えています。私たちの世代からすると「恐るべき存在」でありますが、IT後進国と言われて久しい日本の状況を打破するには、この底上げこそが不可欠ではないか、そう考えながら運営を行っています。

教員が自ら授業を行えるように支援
地方で生まれた確かな成果

 2020年の小学校におけるプログラミング学習が必修化されることに先立って、地方自治体や小学校と連携も進めています。小学校を対象とした出張プログラミング授業や教員向け研修の実施などです。

 この取り組みは、私たちがスクール運営を行う際と同じステップで進めています。まずは、プログラミングが「楽しい」と感じてもらうために講師を派遣しての単発の授業。次に、「もっとやりたい」に応えるため、講師派遣に加えて、教職員への研修や共同でのカリキュラム検討を行う長期的な授業支援。さらに、モチベーションの高い子どもの「極めたい」気持ちを刺激するための施策の3ステップです。相手方の考えによって、単発の講師派遣のみといったケースもありますが、私たちがスクールで培った子どもたちの伸ばし方を小学校で再現するような支援のしくみを整えています。

 学校教育としてのプログラミング学習は定常化していくものだけに、教職員の方々が自身たちで熱意を持って取り組めるようになることが重要で、私たち外部の関与はあくまで支援となる形が望ましいのではないでしょうか。実際に支援を行う中でも現場の教職員の熱量は様々ですが、公立私立にかかわらず、組織としてモチベーションが高いところでは確かな成果が上がっています。

 一例を挙げます。香川県善通寺市は、CA Tech Kids が2019年からプログラミング教育の全面的な支援を行ってきました。市、教育委員会、学校が一体となってプログラミング教育を推進している善通寺市は、まさに私たちが考える3ステップを体現しています、講師派遣、教職員研修、カリキュラム共同検討を経て、2020年度は市内の各小学校でプログラミングの授業を教員が主体となって実施する体制となりました。

 さらに、継続的にプログラミングに取り組む目標を設けるために、「善通寺市キッズプログラミングコンテスト」を開催。これはまさに3ステップ目、「極めたい」気持ちを刺激するための施策です。同コンテストは、全国No.1 小学生プログラマーを決めるプログラミングコンテスト「Tech Kids Grand Prix(テックキッズグランプリ)」(Tech Kids School主催)と連携しています。自分の街で1番!という目標とともに全国への道も大きなモチベーションになるではないかと思います。

 環境の面で都市部に比べてビハインドがある地方でも、いやそんな地方だからこそ、一致団結して取り組むことができるといえるのかもしれません。善通寺市のほかにも、2020年全国の12地域の自治体等と連携し、各地でプログラミングコンテストを実施。その結果は「Tech KidsGrand Prix」の応募比率に如実に表れました。前年、8%だった首都圏・京阪神を除いたエリアからの応募が、2020年は37.6%と5倍近く増加したのです。これはとてもうれしい現象でした。

Tech Kids Grand Prix 表彰式

Wi-Fiがなくても学ぶことはできる
底上げのために公教育を支援していく

 プログラミング教育必修化だけでなく、GIGAスクール構想やICT教育の運用など、学校を取り巻くデジタル環境は大きな変革の時期を迎えています。方針としてもともとあったところにコロナ禍が重なり、企業でも見られるような急速なDXが学校にも求められているように感じます。

 環境整備が間に合わず、また逆にとにかく間に合わせることを目的としたようなタブレットの配付が見られるなど、現場でも混乱している部分があるのかもしれません。

 たしかに、ICT教育はソフト面、ハード面の充実が大切です。しかし、例えばプログラミング教育に限って言えば、そこまで環境を完璧に整えなくても行うことはできると考えています。パソコン、タブレットをまったく使わずにテキストだけで学ぶというのは無理がありますが、Wi-Fi などの通信環境が整っていなくても、パソコンが古くスペックが低くてもプログラミングに触れ、学ぶことはできます。「こうでなければならない」というところに凝り固まらずに子どもたちに触れさせていくことが重要なのではないかと考えています。そしてそれはICT教育全般についても言えることなのではないかと思います。

 必修化ということは、どの子どもも同じようなレベルの教育が受けられるということが前提になるはずです。地域差や学校の違い、教職員の違いで格差が生じないようにしなければなりません。私たちの本業は民間のスクール運営ではありますが、公教育での格差をなくすための支援は今後もさらに拡大していきたいと考えています。スクールで目的としている「底上げ」にもつながるからです。

 そして、全体の底上げの中で、より踏み込んだ高いレベルでのプログラミング教育にも取り組んでいきたいと考えています。公式な発表はまだですが、都内のある私立小学校と提携して新たな支援の取り組みを始める予定もあります。

 現在小学生の世代が社会に出たときにどんなイノベーションを起こしてくれるのか。そんな楽しみを胸に今後もプログラミング教育に関わっていきたいと考えています。

冊子「スクールダイヤモンド2021年春号」より