子どもは走ることが好き
心身の成長・発達に不可欠な身体活動

「子どもはとんだりはねたりする」が、こうした動作は、子どもの成長・発達を促す重要な要素だという。
さまざまに体を使って運動能力と体力を高める指導が、幼稚園児・小学生の時期にこそ大切なわけを考えてみたい。

子どもは走る

 かけっこが速いことは子どもにとってはあこがれだ。どうしたら足が速くなれるか。練習法はあるのだろうか。東海大学体育学部教授で日本ランニング振興機構理事長でもある高野進氏は「速い遅いは生まれつき差がありますね」とあっさり結論をくだした。そして「速いことに価値があると考えることはないのです。速くなくても困ることも、他に迷惑をかけることもない。ただ、走ることそのものはとても大事なこと、これを知っておいていただきたい」と言う。

 高野氏といえば、日本代表としてロサンゼルス・ソウル・バルセロナと3回のオリンピックに出場し、1992年のバルセロナでは決勝進出を果たした名ランナーであり、陸上400m走44秒78の日本記録はいまだ破られていない。もちろん子どものころから足が速かった。高野氏は語る。

「子どもは誰に教えられなくても走るものです。小学校1・2年生くらいまでは走り回る、ジャンプする、段があれば飛び降りる。赤ちゃんが立ち上がり、歩き出し、やがて小走りを始めるように、走ることは遺伝子情報に組み込まれている。子どもたちがほうっておいてもかけっこや縄とびをするのは、身体の成長に必要だからなのです。とくに骨は、歩くより、走る、ジャンプするほうが衝撃が強い分、成長する。走る動作が体に与える衝撃が、骨や筋肉を刺激して強くすることは、医学的に解明されています」

 一般社団法人日本臨床スポーツ医学会が、小・中学生の身体活動が運動器に与える効果についてまとめた小冊子(※)に次のような記述がある。

「骨塩量を増加させるためには、骨への刺激(荷重や筋力による力学的負荷)が重要である。骨に加わる力学的負荷が大きいほど、骨塩量と骨強度は増加する。荷重骨に加わる力学的負荷は、歩行、ランニング、ジャンプの順に大きくなる。したがって、運動により骨塩量を増加させるには、ジャンプ運動が効果的である。」

 難しく書かれているが、体全体を使う運動は骨に刺激を与え、骨に含まれるカルシウムや鉄分などのミネラル成分の量を増やし、骨の成長を促す。

 歩くはどちらか片方の足が必ず地面に付いている動きで、両足が地面から離れる瞬間がある走る動きとは大きな違いがある。足裏に全体重がかかるジャンプ運動がもっとも負荷が大きいとわかる。

 小学生時代は、走るなどの運動をしっかり行うことが、体づくりのために重要なのだ。

「小学校低学年までは、体を動かせば楽しい。速く走れなくても楽しい。ところが、高学年になると運動嫌いになる子どもが出てくる。これは、うまくできなかったり、人と比較したりすることで、面白くない気持ちが生じたり、苦手意識が先に立つようになる。上手下手にこだわらず、楽しく運動し、運動した後の爽快感を感じられるように指導することが大事です。私はよく子どもたちに『みんなにはかけっこの神さまがついているからきっと走れるよ』と言って自信を持たせます。お絵描きの神さまも音楽の神さまも学びの神さまもいるでしょうね」(高野氏)。

 人と比べることに意味はなく、できるようになる喜びを知ることは、自分より優れた人を讃え、応援することの喜びも教えてくれる。小学校の体育において、個人の能力を引き上げることと、競技で勝敗を決する両面から指導が行われていることは、生涯にわたって運動を行ったり楽しむための基礎づくりだ。

「運動嫌いのもう一つの原因は、太り過ぎで、これには早めに気づいてほしい。太ると動いても疲れやすくなり、思うように運動ができなくなるので、ますます運動をしなくなる。それぞれに得意なこと、好きなことが明確になって、それに打ち込むようになっても、運動は心身の健康のために必要です。高学年になれば、理論的に運動の重要性を理解できますから、自分の意思で、自分にできる運動を続けていってほしいと思います」(高野氏)。

※『子供の運動をスポーツ医学の立場から考える~小・中学生の身体活動が運動器に与える効果~』(日本臨床スポーツ医学会学術委員会整形外科部会/平成28年) https://www.rinspo.jp/pdf/proposal.pdf

動いて、考えて、また動く

高野 進(たかのすすむ)氏
1961年生まれ、静岡県富士宮市出身。東海大学体育学部教授、東海大学陸上競技部監督、特定非営利活動法人日本ランニング振興機構理事長、日本スプリント学会会長、公益財団法人日本陸上競技連盟評議員等。

 高野氏は指導者となってから、数々の第一線の短距離ランナーを育てているが、一方で、幼児から高齢者までを対象としたランニングの普及・振興にも力を注ぐ。さらに東海大学湘南キャンパスや日産スタジアムで開かれる大規模なスポーツ教室の活動も行っている。各地の小学校から招かれて、小学生を指導する機会も多い。

 小学生との縁が生まれたきっかけは、「動いて、考えて、また動く」という高野氏の文章が国語の教科書(光村図書小学校4年2010年度版~2019年度版)に掲載されたことによる。

 内容は、高校生のときの体験で、そのころすでに有望なランナーとして頭角を現していた高野氏の練習方法が綴られている。

 高野氏は、「膝を高く上げて」「足を思い切り後ろに蹴る」「腕を使う」という当時の走法指導に従って練習していたが、これでいいのかと疑問を感じ、やがて、自分にあった膝の上げ方、自分にあった足の使い方、腕の振り方を考えるようになる。走っては考え、考えてはまた走る。成功や失敗を繰り返して、「右足を出したときに左腕を前に振る、左足を出したときに右腕を前に振るようにすれば、体全体のバランスが取れて、腕の力も使って力強く踏みつける」という独自の走法に到達したという。

「工夫や発見を重ね、自分にとって最高のものを実現する。運動でも勉強でも同じでしょう」と高野氏は言う。

スポーツ体験は幅広く

「今、子どもたちには、運動環境として必要な時間、空間、仲間の三つが不足している」と高野氏は指摘する。

 本来なら家の近所で遊び回っていればよかった環境を取り戻すことは難しい。近年は、小学生を対象にした野球やサッカー、ラグビーのチームをつくって、地域のおとなが面倒をみる形だけではなく、経営が組織化されたスポーツ教室や、プロスポーツクラブの下部組織が、そのニーズに応えている。

「小学生は一つのスポーツの練習に打ち込むより、好き嫌いで選ばずに、いろいろな運動で、運動能力をつけていくほうがいい。好きなスポーツを専門的にやるのはもっと先で十分。遊びで体を動かしていても、体は動作を覚えていて、使うときがくれば反応します。私も、子どもたちの指導にはランニングだけではなく、なわとびもボール遊びもプログラムに加えています。そうして覚えた運動の技術を使って、子どもたちは自由にいろいろな工夫をして遊びます。実際に子どもたちが動いているときは、私も子どもたちのリーダーくらいの気分で一緒に楽しむことにしています」(高野氏)。

 平成29・30(2017・2018)年改訂の小学校学習指導要領において示された、体育科の内容構成(上表)に見られる通り、低学年には末尾に「遊び」という言葉が付けられている。低学年の体つくりの運動遊びと、中・高学年の体つくり運動の違いはこの表ではわからないが、低学年は体ほぐしの運動遊びおよび多様な動きをつくる運動遊び、中学年の体つくり運動は、体ほぐしの運動および多様な動きをつくる運動で、高学年は体ほぐしの運動および体の動きを高める運動と、解説されている。

 運動は継続的に行われなくてはならないものであり、年代に応じた運動刺激が必要とされている。小学生は運動を楽しむ素地をつくり、骨の成長を促し、多様な運動能力を開発する時期なのだ。

冊子「スクールダイヤモンド2020年春号」より