新しい選択肢――国際バカロレア(IB)への進学

国際的な教育プログラム国際バカロレア(IB=International Baccalaureate)をご存知だろうか。国際的な視野が求められる時代、日本でもIBプログラムを開設している中等教育機関(中学・高校に相当)への関心が高まっている。IB認定校の玉川学園は2016年に、小学部に国語と英語によるバイリンガルプログラム「BLES」クラスをスタートさせた。これはIB教育への進路を見据えてのことだ。ますます普及が進むIB教育の特徴と展望を探ってみた。

国際的な視野をもった人材の育成を目指す

 IBプログラムは、スイス・ジュネーブに本部を置く国際バカロレア機構(IBO)が提供する国際的な教育プログラムだ。IBプログラムのねらいは、人類に共通する人間らしさと地球を共に守る責任を認識した国際的な視野をもった人間を育てることにあり、そのためのカリキュラムと評価システムが開発されている。学習は原則的に複数の言語で行う。

 同機構が認定するIB認定校は2019年3月現在、世界153以上の国と地域に5,000校以上(文部科学省IB教育推進コンソーシアム)あり、共通のカリキュラムを実施している。

 IBプログラムは、3歳~12歳を対象としたPYP(Primary Years Programme)、11歳~16歳を対象としたMYP(Middle Years Programme)、高等学校の最終2学年を対象としたDP(Diploma Programme)の3段階に分かれている。そのほかに、DPと対象年齢が同じCP(Career-related Programme)もあるが、これは職業教育に関連するものだ。これらの枠組みは年齢別で、日本の6・3・3制とは多少ずれるが、玉川学園など多くの日本のIB認定校では、高校卒業とDPの修了を同時としている。

 ポイントは、DPを修了後、統一試験に合格し、IBディプロマ資格を取得すると、国際的に通用する大学入学の資格となることで、取得者は国を問わず世界中の大学に応募できる。DPの評価であるIBスコアを入学要件として認めている大学は世界に多数あり、そのなかには米国のハーバード大学や英国のオックスフォード、日本の東京大学などトップレベルの大学が含まれている。

正解のない問いに、自分なりの解を求める教育

(左)玉川学園IBプログラムディレクター ユーリカー ウィリアム教諭(URICHER William)
(右)玉川学園学園教学部学園教学課 国際バカロレア(IB)プログラム担当   北村 唯(KITAMURA Yui) 

 IB教育の特徴について、玉川学園IBプログラムディレクターのウィリアム・ユーリカー教諭は次のように語る。

  "How was Africa colonized?    What problems have come from that?    Guess, what problems continue to happen in the future?"

 これは、7年生(中学1年生)の授業で、実際に私が生徒たちに投げかけた質問です。英語の和訳を問うているのではなく、これは社会の授業の1コマです。「なぜアフリカは植民地化し、その背景にある問題は何で、今後どのような事態が起こり得るか」について議論をするよう、問題提起したのです。

 ここに、単なる英語による授業ではない、というIB教育の特徴がよく表れています。

 特徴の1つは、扱うテーマが世界規模の課題になっていること。アフリカの植民地化についての問題の所在や改善策を、中学生が当事者意識をもって考えるためには、高い視座が求められます。これが11年生や12年生になると、議論の質はより高度になります。女性の権利やフェイクニュース、SNSとの付き合い方など、テーマは多岐にわたります。IB教育においては、事象を把握する力や、さまざまなステークホルダーの立場を理解する感度を養います。

 もう1つの特徴は、正解のない問いに対して、自分なりに考えて解を導く力を求めることです。グループワークやディスカッション、ディベートを重視した授業設計ですから、生徒たちには探求型学習を求めます。

 教師が黒板に書いた内容を、生徒がノートに書き写して覚え、穴埋め式のテストに正解を記入する学習を否定するわけではありません。情報を逃さずに把握し、知識を暗記することも必要であり、こうした日本式の学習法は学力の向上に有効です。しかし、仮説を立てて自分なりの解答を考える力の育成という点では、IB教育は優れていると思います。

 日本人が外国語(英語)で学ぶメリットは、日本以外の国の情報を知る間口を広げることができるということ。そして知るだけではなく、自分の問題として考え、その解答を英語で言語化することでしょう。将来的な人間育成の観点からも大事なことだと、私は考えます。

試験で合格ラインを超えなければIBディプロマ資格は取得できない

 日本にIBが導入されたのは1979年であり、かなり歴史がある。しかし、一般的に注目されはじめたのは、2013年6月に閣議決定した「日本再興戦略」にグローバル人材の育成を掲げて、IBプログラムの導入を推奨したことがきっかけだった。2019年3月には、日本国内のIB認定校はPYP36校、MYP18校、DP45校となり、導入に向けて申請中の候補校も39校ある。

 IB認定校のうち37校が、一条校と呼ばれる、学校教育法第一条に定められた学校で、課程を修了すると、日本の小学校卒業、中学校卒業、高等学校卒業と認められる。一条校かどうかは実は重要なポイントだ。なぜなら、日本だけではなく、外国の多くの大学でも、高校卒業(修了)資格が、大学入学資格になっているからだ。一条校でDPを修了していれば、たとえIBディプロマ資格を取得していなくても、高校卒業資格は得られる。

 IBディプロマ資格は、DP修了後の試験に合格しなくては得られない。試験は、語学・数学・社会・理科など一定の選択肢のなかから任意で選んだ6教科を各7点満点で採点し、そこに論文や知の理論(TOK)の評価などで構成される追加ポイント(3点満点)を加えた45点満点で審査される。24点以上が合格ラインだ。

MYP進学を見据えた玉川学園のBLESクラス

 玉川学園は2009年にMYP、2010年にDPの国際バカロレア(IB)クラスを開設した。2016年度からは、小学部に国語と英語のバイリンガル教育プログラム、BLES(ブレス、Bilingual Elementary School)をスタートしている。

 BLESクラスは、IBのMYPに進学することを想定しており、その際、学習がスムーズに進められるように英語力を付けることを目標の1つにしている。MYPの対象年齢11歳~16歳に合わせて、BLESの1期生は6年生になる時にMYPに移行する予定だ。ちなみに、玉川学園では従来、小・中・高を1年生~12年生と呼んでいるので、違和感はない。

 あえてIBのPYPではなく、独自のBLESにした理由は、日本の小学生としての教育をしっかりと行うためだ。

 BLESクラスは小学部のなかにあり、日本語による授業主体の一般クラスと英語による授業主体のBLESクラスが、教員も子どもたちも交わり合いながら授業や活動を展開している。入学後、一般クラスに移動することも、一般クラスからBLESクラスに移ることもできる。

遊ぶ時間を削ることも必要

 IBプログラムでは宿題が多く、「教科書の○ページから○ぺージまでを読んでくるように」といった宿題が化学で出されたとすれば、難解な専門用語と格闘しなくてはならない。

 玉川学園の場合は、小学部同様、中学部・高等部とIBのMYP・DPの垣根は低く、生徒たちはクラブ活動や文化祭、体育祭などの学校行事を一緒に行う。しかし、MYPの生徒は宿題や学習に費やす時間や労力は大きく、遊びや学校活動との両立が難しい。

「MYPの生徒は遊ぶ時間を多くはとれないでしょう。クラブ活動さえ割愛することになるかもしれない」とユーリカー教諭は語る。

 「今までの7期の卒業生のうち、およそ8割の生徒はIBディプロマ資格を取得し、卒業しています」という。一方で、多くの時間を学習に費やしても、IBディプロマ資格が授与されない生徒が出ることもある。それについてユーリカー教諭は「語学習得が不得手で、最後まで英語力が壁になる生徒もいる。それは、それだけIB資格がハイレベルということでもある。IB教育で身に付けた学力は、英語力を含めて高い水準にあることに自信をもってほしい。日本の高校卒業資格で大学に進学したとしても、実際に身に付けた学力は高く、IBでの学びは必ず役立つだろう」と言う。

 IBディプロマ資格者の大学進学先について、「日本人に人気があるのはカナダ、次いでオーストラリア、その後に米国や英国などが続く。今後は、ドイツやオランダといった欧州勢が英語でのプログラムを充実させる方向にあり、学生を積極的に呼び込むだろう」とユーリカー教諭は予測している。

 英語ができることがすべてではないし、日本式の教育が悪いわけでもない。IBプログラムを受講することのトレードオフでもある部活動や遊びのなかでの人格形成も、本来は子どもたちにとって大事なはずだ。何が正しいかではない。ただIBのように従来の教育のあり方とは違った教育プログラムにより、子どもたちに教育の選択肢が増えることには、価値があるのではないか。

 ユーリカー教諭の言葉から、IB教育のこれからが見えてきた。