毎日の食事づくりにラクなレシピを提案
料理研究家 コウケンテツ氏

高校生のころ、プロテニスプレイヤーを目指して、そのためによい食事を勉強し、自分でお弁当をつくっていたコウケンテツさん。
料理の腕はめきめき上がったけれど、テニスの腕は全然上がらなかったという。
アルバイト経験はすべて飲食系で、接客担当なのに、従業員の賄いご飯を指名されていた。
50歳を過ぎたお母さんが急に料理家になったのがきっかけで、20代半ばのコウさんは料理の道に入った。

●コウケンテツ Koh Kentetsu
大阪府出身。旬の素材を生かした簡単でヘルシーなメニューを提案。テレビや雑誌、講演会など多方面で活躍中。一男二女のパパでもあり、自身の経験をもとに、親子の食育、男性の家事・育児参加、食を通してのコミュニケーションを広げる活動に力を入れている。著書『コウケンテツのおやつめし』(クレヨンハウス)、『コウケンテツのごはん食』(NHK出版)、『僕が家族に作りたい毎日の家ごはん』(白泉社)等多数。テレビ出演「おかずのクッキング」(テレビ朝日)、「たべごころ」( RKB毎日放送)、「コウケンテツが行くアジア食紀行」「コウケンテツが行くアジア旅ごはん」「コウケンテツの世界幸せゴハン紀行」(以上NHKBS)、「今日感テレビ」(RKB毎日放送)等多数。

撮影:中里慎一郎

 

――コウさんの料理研究家というお仕事の内容を教えてください

 便宜上、料理研究家と名乗っていますが、ぼくの場合は、家で料理を担当する人を助ける、アシストするような役目だと思っています。〝料理人〟というのはシェフや板前さんのことで、最高の素材を最高の技術でお客様に提供する人。よく「お店はどちらでやられているの?」と聞かれるのですが、ぼくは料理人ではないし、お店はやっていません。ぼくにできるのは〝家庭料理補佐〟というところです。

 要は、ぼくのレシピをみなさんにつくっていただいて、「あ、この人の料理、手軽で簡単でおいしいわ」と思っていただくことで、初めて成り立つ仕事です。

 私生活では家事も担当しているので、毎日の献立づくりが本当に大変だということを、重々承知しています。だから、家でご飯をつくる人が、気軽に、楽しく、ラクをして、おいしいご飯がつくれるレシピを考えます。

 キッチンスタジオで、料理をつくって、撮影して、雑誌やウエブサイトに出しています。それがルーティンの仕事ですが、イベントで料理ショーをしたり、講演会をしたりもありますし、生産者の取材に行くことも多いです。また、海外・国内のふつうの家庭に入らせていただいて、家庭料理を教わりながら文化を教わる。逆に向こうには日本の文化を知ってもらうということをたくさんやっていますが、いずれも食の仕事です。

 ぼくのレシピに独自性があるとすれば、旅先の各家庭で料理を学んだというのがやっぱり一番大きな部分で、僕のアイデンティティにつながっています。

 というのは、ぼくの母は近所でも評判の料理上手で、「ご飯つくったから」と毎日のように人を呼んでいました。物心ついた時から、家族、近所の人はもちろん、知らないおじさんおばさんと一緒にご飯を食べていて、それがすごく楽しかった。

 両親は韓国の済州島から、祖父のいた大阪に来たので、ご近所に自分たちのことを知ってもらいたいという思いがあって、それにはご飯を一緒に食べるのが一番だと思ったようです。

 韓国には「一粒の豆も分け合う」という言葉があり、その根本には、楽しいことも苦しいことも、みんなで分かち合おうという考えがあります。ご飯をみんなでワイワイ食べると、知らないおじさんとも、年齢も関係なしにとても仲良くなれるんだということがわかったこの体験があったから、自分が進む道のど真ん中に「ご飯をつくって食べる」ことがあると思います。

――印象に残っている国はありますか?

 アジアで20カ国、ヨーロッパで6カ国の番組を撮影しました。ぼくの旅の特徴は、そこの家庭に入らせてもらうことで、1カ国で7、8家庭は訪問します。プライベートでも10カ国くらい行っていて、その時も知り合いに頼んでふつうの家庭を訪問しています。

 どこの国も家庭も忘れ難いのですが、カンボジアのトンレサップ湖という大きな湖で水上生活をする村は印象的でした。郵便局も学校も結婚式場も、全部舟の上。学校の校庭はいかだで、子どもたちはボートで集団登校します。ホームステイをした村長さんのお宅では、ぼくたちのために、ミネラルウォーターを用意して気遣ってくださった。名物料理は、湖で釣った魚でとる出汁にたっぷりの野菜を入れたスープで、手づくり麺をいただくもの。

 夜、湖面に映る月が、見上げる月と同じように輝く美しさは忘れられません。寝ているぼくの耳元でパシャパシャ水音を立てているのは、養殖しているワニ。ワニの革は高く売れるのです。もちろん肉は食べます。

 アジアの文化は基本的には中国と切っても切り離せませんが、東南アジアに関しては、クメール王朝の影響が強く、カンボジアの文化が、タイとかベトナムのほうに流れて行っている。「あ、これにもっとスパイスを足すとタイ料理になる。これにもっといろいろなハーブを足すとベトナム料理になる」とわかる。カンボジア料理にはすごく豊かな食の源流があると感じた旅でした。

 ウズベキスタンはイスラム教の国ですが、家族で食卓を囲んで着席すると、食事の前にその中の1人がお話をします。キリスト教のお祈りと違ってもっとフランクに、今日起こったことや、今考えていることを話す。「今日はあなたにお願いしよう」と子どもが指名される時もあれば、お客さんのぼくが話したこともあります。子どもたちもとても上手に話します。

 それぞれが責任をもって食事の挨拶をする、すごくすてきな習慣。日本の「いただきます」と同じように、普遍的な食文化のひとつだと思います。

――家庭の食卓を楽しくする方法を教えてください

 それは、料理をしない人の役割。「わあ、ママのつくる料理はうまいよな」って言う、その一言で空気感がガラッと変わる。ヨーロッパの人は上手です。食べない子どもに対して「おまえ、こんなうまいもの食べないの?それはすごく人生をむだにしているよ」とか言うわけです。テーブルセッティングも、パパやおじいちゃんが子どもと一緒に行います。「つくって、食べて、片付ける」のが料理の一連の流れです。その時間を楽しく過ごすためには、みんなの協力が必要です。

 食事はイベントだから演出が必要、というのがぼくの考えです。職場において自分の役割があるように、家でも、食卓を盛り上げる役を果たす役目は重要です。

 日本の場合は、毎日の料理のバリエーションがすごく多いので、料理をする人は大変です。わが家の場合は、妻は仕事のパートナーでもあるので、仕事も家事も平等に分担しています。協力体制は完璧なのですが、2年前に3人目の子どもが生まれてからは、いささか″キャパオーバー”。大変な毎日が続くなかで、ようやく気付いたことがあります。

 料理や家事を担う人はこんなに大変なのに、手づくりをしよう、和食をつくろう、野菜をたくさん、一日30品目等々、ハードルを上げた発言を、ぼくはしていたんだな、と。

 食事は家事のなかでもっとも大きな部分なので、作業効率を高めないといけません。それには簡単レシピだけでは足りない気がして、最近は家事全体に目を向けています。

 まずは、1つの料理ごとに「つくって、食べて、片付ける」のルーティンを確立する。1つがスムーズにできるようになったら、新しいバリエーションを1つふやすというのがいいのではないかと思います。

冊子「スクールダイヤモンド2019年春号」より