食は生きる力
毎日の生活のなかにこそ「食育」を

子どもにとって、食べることは身体の成長、そしてこころの発達に欠かせない。食べることは生命維持に必要な本能だが、それだけで片づけられない人間の営みのうえで重要なファクターであり、子ども時代に生涯の食生活の基礎が形成される。
「食」を通して育つもの、育てたいことを考え直しつつ、見慣れた食卓を「食育」の場にする方法を探していこう。

自尊感情と感謝の気持ちを育む食卓

「親は、『一諸に料理をしましょう』、『農業体験をしましょう』など、子どもの食育についてあれもさせたいこれもさせなくてはと、考えてしまいがちですが、何か特別なことをすることだけが食育ではないのです。むしろふだんの食事のなかでできることがたくさんあります」と相模女子大学の堤ちはる教授は言う。

「乳幼児期は空腹になると泣いたり、喃なん語ごを発したりして、乳汁や離乳食を要求します。それに応えてもらって満足する体験を通して、赤ちゃんは自分が『愛されている』と感じます。この体験は青少年期まで通じるもので、愛されている感覚は、自分を大切にしようとする自尊感情を醸成し、他者を思いやる気持ちが生まれることにつながります」

 食事は、おとなでもエネルギーや栄養素を摂取するためだけのものではない。満足し、食物への感謝を覚え、人間関係を豊かにする時間を与えてくれる。子どもの場合はいっそう、食事は身体の成長とこころの発達にとって欠かせない場ということだ。堤教授は、ふだんの食事の時間こそ、食育を実践できる最適の機会ととらえている。

食卓を囲む重要性

堤ちはる(つつみ ちはる)
相模女子大学大学院栄養科学研究科・栄養科学部健康栄養学科教授。保健学博士。管理栄養士。日本女子大学・同大学大学院修士課程修了。東京大学大学院医学系研究科保健学専門課程修士・博士課程修了。米国コロンビア大学医学部留学、日本子ども家庭総合研究所母子保健研究部栄養担当部長を経て、現職。著作・厚生労働省委員歴多数。

 1980年代に、ひとりで食事をする子どもや高齢者の孤食が取り上げられて以後、さまざまな「こ食」が問題視されることとなった。堤教授は「避けたい『7つのこ食』」をあげているが、とりわけ孤食は子どものこころの発達に影響するという。その理由として①栄養バランスがとりにくい、②食嗜好が偏りがちになる、③コミュニケーション能力、思いやりのこころが育ちにくい、④食事のマナーが伝わりにくい、をあげる。

「みんなで食べる献立のほうが食材の種類が豊富になりますし、一緒に食卓を囲む人がおいしそうに食べることで、嫌いな食べものも食べてみようと思うでしょう。肉料理を見て『どうしておばあちゃんだけ薄切りなの? 』と疑問をもつ子どもも、おかあさんが『歯が弱っているから厚いと噛み切れないのよ』と答えてあげれば、高齢者へのいたわりの気持ちが芽生えるでしょう。また、食卓のマナーは知識として学ぶのではなく、食事の場で覚えるのが一番です」(堤教授)

 人間は雑食性の動物であり、いろいろな食べものを食べてきた歴史をもつ。危険を避けるために、初めての食べものには恐怖心・警戒心をもつ「新奇性恐怖」がある。まずは、ひと口食べてみることが、好き嫌いを克服する一歩だ。

 堤教授は「子どもが『お腹すいた』と訴えても、『あと少しでご飯だから待って』、『家に帰ってからみんなで食べましょう』などと言って、がまんさせてほしい」と言う。空腹で食べる食事はおいしく、食べることへの感謝の気持ちも強くなる。子どもに空腹時の食事のおいしさ、うれしさや楽しさを体験させることも、家庭の食育のひとつなのだ。

 とはいえ、毎日家族そろって夕食をとるのは難しい。お母さんと子どもだけの夕食も少なくないだろう。

「でも、その時にお母さんが『お父さんはまだお仕事ね。どうしているかしら』と子どもに話しかければ、子どもはお父さんの姿を思い浮かべ、『このおかず、お父さんのためにとっておこう』という言葉も出てくるかもしれません。口に出さなくても、お父さんに感謝する気持ちも育まれます」(堤教授)

「いただきます」は食事開始の号令でも″食べてよし”の合図でもない。食卓を囲むみんなの、食べものに関わるすべてに対する感謝の言葉だ。

食を営む力の育成

 食育基本法が成立・施行された2005(平成17)年6月・同7月の以前から、「食」をめぐる様々な問題が社会全体の課題として浮かび、その対策が図られていた。2004年3月29日に出された、厚生労働省『楽しく食べる子どもに~保育所における食育に関する指針~』(概要)には、[食育の目標]が次のように記されている。

[現在を最もよく生き、かつ、生涯にわたって健康で質の高い生活を送る基本としての「食を営む力」の育成に向け、その基礎を培うことが保育所における食育の目標である。このため、保育所における食育は、楽しく食べる子どもに成長していくことを期待しつつ、次にかかげる子ども像の実現を目指して行う。]

 それに続けて、①お腹がすくリズムのもてる子ども ②食べたいもの、好きなものが増える子ども ③一緒に食べたい人がいる子ども ④食事づくり、準備にかかわる子ども ⑤食べものを話題にする子ども、という5つの子ども像をかかげ、[かかげた子ども像は、保育所保育指針で述べられている保育の目標を、食育の観点から、具体的な子どもの姿として表したものである。]としている。

 さらに、この5つの子ども像を、食育目標として具体化した「食育のねらい(3歳児以上)」を示している。①食と健康②食と人間関係③食と文化④いのちの育ちと食⑤料理と食であり、それは[子どもが身につけることが望まれる心情、意欲、態度などを示した事項である]としている。この5つの子ども像は、厚生労働省の指針に、図2のように示されている。

「『期待するこども像』は、子育てにおける食事のあり方の指針となるものです。このような目標は、子どもはもちろんおとなにも通じることですから、家族全員で取り組んでいただきたいものです」と堤教授は言う。

 好き嫌いがなおらない、食卓で落ち着きがない……。こうした悩みを解決する近道を探す以前に、毎日の食卓における食生活を大切にすることが重要であり、そこから、食育の本質が見えてくる。

冊子「スクールダイヤモンド2019年春号」より